6周年と雑記と私

祝・transit6周年!(別に祝うほどのことでもないし何なら6周年と3か月くらいですが時間経過の速さにただただ驚いています)


伴坂です。

ふとtransitのことを思い出したので何となく記事にしておこうかなと。



書いていた時は正直テキスト数が40数万字にもなるなんて思っていなかったし
長く書いた挙句に自分が「このゲームを通じて何を書きたかったのか?」って点を振り返ってみると、
雅くんと同様、自分が救済されたくて書いていたように思えます。

というか振り返るほどにどうしようもないくらい6年前(書いたのは7年前くらいですが)の自分そのものだなと思います。
雅くんと違っておれは異性と付き合うとか無かったけどな!な!



40数万文字かけて書いていたことを要約すると「自分を助けられるのは自分だけだよ」ってことだと思っています。
残酷だけど真理だと伴坂は思います。

雅くんは「他者を助けることが自身のアイデンティティ」であると誤認しており、
自分の気持ちを他人ありきのものにしてしまうことで、結果的に各ルート分岐の果てに自分に対して疑念を抱くエンドを繰り返します。
(だからグランドエンド以外は全て「本当にこれでよかったのか?」って気持ちのまま終わるようになっています)


「自分の心を、他者に仮託するな!」
……これは自分の大好きなADVゲーム「CROSS†CHANNEL」のセリフの引用ですが、
雅くんはまさに「他者に認めてもらうことで自分を保っている」典型例でしたし、
前述した通りtransitを書いてた頃の自分がそうでした。


死ぬまで人は一人です。


近くに誰かがいてくれていても、結局自分の面倒は自分で見ないといけないし、
近くにいる相手が自分のことを100%理解することはありません。

だからこそ、他人同士が歩み寄って互いに良くなっていこうという働きかけが、尊いものだなと伴坂は思います。

常日頃からこんなこと考えてるわけじゃないけどね。




ちょっと昔の自分の話をします。




救われたかった。
自分は弱い人間です。周りに合わせられなくて凹むこともあったし、

誰かに心無い言葉をかけてしまったこともあったし
そうした経験から自分のやることなすこと全てに「本当にこれで正しいのか?」と不安を募らせる毎日でした。

人付き合い、話し方、歩き方、休日の過ごし方、などなど。
他人の顔をうかがいながら過ごしていました。
しんどかったです。
言いたいことがあるのに「これを言ったら空気を乱してしまうのでは」と思って飲み込んだ言葉は思い出せないくらいたくさんありました。

世間一般にある男性のイメージと、自分自身とがあまりにも乖離していて、どうしようもなく自分が嫌いでした。

自己否定と自己犠牲の中で自分にできることは「当たり障りのない人格」であることだけでした。

でも当たり障りないつもりでも、どういうわけか難癖をつけられてしまいます。
何故かというと、本音を隠しているように見えたからだと思います。

難癖をつけられた理由を相手は言いませんでしたが、何となく理解できました。
何故かというと、自分以外が本音を隠しているように見えなかったから。
自分は異質で、異常で、おかしいのだと。
そうした思い込みで自己嫌悪はヒートアップ。思考回路はショート寸前。
死んだ方がいいのかなと思ったりも。


救われたい。


そんなただ漠然とした欲求で、でもどうすれば救われるのかなんて分かりませんでした。
違います。どうすればいいかは分かっていて、けれどそれができなかったんです。

「自分を認める」「自分を許す」ということが。
どうしようもなく嫌いな自分を、どうしようもない自分が認められるわけがない。
抜けられない迷路の中みたいに入り組んだネガティブで、自分が本質的にどうすべきなのかをますます見失っていきます。

苦しかった。

辛かった。

そう思いながらも勤務先は3か月単位で変わっていって、心が休まることはなかった日々。
また勤務先が変わって、今度は初のシステム開発の現場でした。(今もそこに所属はしてるんだけどね)

新規プロジェクトの初期開発のテスター(QAとかデバッガー的なやつ)として参画することに。

それまでコールセンターとか施工管理とかを数か月でとっかえひっかえしてただけだったから、まさに右も左も分からずな状態。

ある程度業務に慣れてきたころに、その時のチームリーダーが自分に言いました。

「社内環境って誰がどれ使ってるか分かんなくない?」

使用者の管理はされていたものの、手動更新だったために更新をサボると情報が古くなってしまうという状況だったんです。

ただ、その時にリーダーが言い渡したのは「これ伴坂さん主導で改善しようよ!」という内容。

やります! と承諾したものの、いざやろうとすると分からない点がたくさんありました。

 ・そもそもどう改善するか?
 ・改善内容をどう他のメンバーに周知するか?
 ・こういうの変更するのってみんな面倒に思うんじゃないか?

とか。
そして前述した通り「本当にこれで正しいのか?」と不安に思う性格はこの頃も相変わらずで、せっかく指名されたのに自分は動けなくなってしまいました。
自分の人生において「主導する」という経験が皆無だったから、どうすればいいか分からなかったし、決定できる自信がなかったんですね。

結局自分一人ではできず、リーダーのサポートを受けてどうにかこうにか改善対応は完了。

けれど、ショックでした。

こんな改善はリーダーがちょっと言えばすぐ終わってただろう、という程度の対応でした。自分にはこの程度できないのか、と。

悔しかった。ひどい劣等感を抱いた。

自分は他より劣っている。
変わりたい。

でも分からない。

救われたい。
でもこんなに不出来な自分を認められない。
自分には無理だ。
そう思った。

でも、ふと思うこともあって。

「リーダーはここまで分かってて主導でやれ」って言ったのかなと。

リーダーがやればすぐ終わるような作業をどうしてわざわざ自分に振ったんだろう、と。
真意は分からないけど、もしそうだとしたら。
自分は今までずっと、とんでもない勘違いをしていたんじゃないかと。

始めて気が付いた。


「自分は何もできない」そう思っていたけど、
「自分は何もしていない」だけのことだった。

正確には「自分は現状維持に甘んじて自身を良くしようとしていない」こと。


他者評価に依存していた自分は、他者からの言葉をそのまま自分の自信と錯覚していた。
ならこの数年抱え続けた自分への不安や嫌悪感はどう乗り越えればいいのか?
どうすれば救われるかって悩みの答えがここにあるような気がした。


自分を変えていくしかない。
自分を試すしかない。
失敗しても、やろうとしたことを、認めてあげるしかない。
そうやってちょっとずつ、自分が良くなっていると、自分に実感させるしかない。
そうすれば、少しはマシになるかもしれない。


みっともないし他人には見せられないほどネガティブだし恥ずかしいし他者より劣ってるし、でもどうしようもなくそれが自分だった。
自分に対して落ち込んで何もしないでやり過ごせるほど、人生は長くない。


そう思った時、視界が晴れたみたいな感覚を抱いたのを鮮明に覚えてる。

これだ、と思った。
やらなきゃ、じゃなくて、やろう、と思った。
後ろ向きな理由でやっていたあらゆることが、少し前の方を向くようになった。
仕事でも、人間関係でも、生活の中でも。
無意識的に、びっくりするくらいがらっと景色が変わって見えた。
考え方ひとつでこうも変わるのかと。
こうなりたいってモヤモヤした理想を、ちょっとだけ獲得できた気がした。
自分の周りのみんなは、これを早くに獲得してたんだなと気づいた。
そう思ってまた少し恥ずかしくなったりもした。


話を戻すと、transitの雅くんは「他人を助けることで得られる安心よりも自分自身を救済することが大切だ」と気づいたところでグランドエンドですが、どうやれば雅くんは自分を救済できたのかなと思ったり。

当時の伴坂は自分を救済することが大切だと気づくのに精一杯だったから、その先は書けなかったし書こうとも思わなかった。
いま同じような題材で書いたら着地点はtransitの時と違うかもしれない。



まあ6周年で何か用意してるわけじゃないので、ここまで読んでくれたのに申し訳ないけど出せるものは全くないんだ。
思い出したまま書いただけなのでお目汚しご容赦という感じ。

でも昔の自分がいなかったら今の自分もいなかったと思うので、どっちが欠けても今の自分にはならなかったかも。











あと実はこれ書いてて泣いちゃったんだ。
でも昔が辛かったから泣いたんじゃなくて、あの時の自分から変われたことを実感できたから思わず泣いちゃった。

自分でもびっくりしたけど、泣いてしまった理由も前向きなものだと思うから、自分が自然に泣けることが嬉しかった。




伴坂

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